「働き方改革」と言う以前に、そもそも論として、仕事環境に生産性や効率性は、無視できないという感覚です。
勿論、それらを注視した上で、目指す成果へ着地する前提で。
なので、残業時間という表現は、個人的にはあまりフィッティングの良いワードには感じていないのが本音。
非効率時間、未生産時間というような表現が良いとは思いませんが、そういう意識が無意味でもないと思っています。
定時が存在する環境であれば、その日のやるべき事の〆切はあくまで、そこ(定時)。
これを超えて、やらなくてはいけない事や事情、環境の存在も、勿論、理解できますが、はなから無理だという結論ありきで時間を消費しているケースも多いのではないかと。
15~20年前、お恥ずかしい話ですが、自身の勤務実態も、休日は取れて週1、平均帰宅時間は、通勤時間20分前後の距離で、0時~1時。
この実態の最も強いと思われる原因は、「無理だ」という偏見と根拠の薄い否定感。
結果、数年後、週休2日をほぼ完全に取れる環境に移行しても、以前の成果や実績と比べても、比較にならないくらい生産性は良くなっている。
そうなった原因は、「やってみる」というシンプルな行動と、自己の業務内容と各所要時間の棚卸し。
まずは、「やってみる」で「働き方改革」は、半分クリアのような気がしてますσ(^_^;)
ちなみに、我が社の朝礼では、その日の参加者全員で、朝礼の終盤に「やったらできる!」というコールをしています。
そう、「やったらできる」または「やってみたらできる」・・・事は、想像以上に多いという、僕は感覚です (;^_^A
・・・ノリが軽いですかね(゚_゚i)
それでは、また。