副操縦士は乗せるが、機長は譲らない

まだまだ暑い日が続きますが、朝の空気だけは少し変わってきました。

菊池です。

このところ、建設業とAIの話題を目にしない日がありません。業界紙を開けば必ず載っていますし、同業の集まりでも「そちらは何か入れました?」という話になります。

背景ははっきりしています。国土交通省が二年前に打ち出した「i-Construction 2.0」では、2040年度までに省人化3割、生産性1.5倍という目標が掲げられました。建設業で働く人はピーク時から3割ほど減り、いまは55歳以上が4割近く、29歳以下は1割強と言われています。人は減っているのに、工事の量はむしろ増えている。だから機械とAIに手伝ってもらうしかない、という話です。

大手の事例はたしかにすごい。制御室から指示を出せば複数の重機が自分で判断して土を運ぶ仕組みや、7万件規模の災害事例をAIで検索して、その日の作業に近い事故を先回りで拾い出す仕組み。設計でも、条件を入れると数分で複数の案が出てくるそうです。

では、わたしたちのような地域の会社は何ができるのか。正直、明日から重機を無人にするのは現実的ではありません。けれど、書類は別です。日報、議事録、安全書類の下書き。ここは規模に関係なく、今日からでも軽くできます。机に向かう時間が減れば、その分だけ現場とお客様のところに立てる時間が増える。わたしにとってのAIの意味は、そこに尽きます。

ただ、忘れてはいけないことがひとつあります。AIは、もっともらしい間違いを平気で出します。そして法律上、最終的な責任を負うのは、いつまでたっても人間の技術者です。ある記事に「AIは副操縦士であって機長ではない」という言い方が出てきて、なるほどと思いました。副操縦士は喜んで乗せます。でも操縦桿は渡さない。

それに、AIが代われないものもあります。敷地に立ったときの風の抜け方。20年前に自分たちが建てた家に伺って、床の傷の付き方を見て「よく使ってくださっているな」と感じること。あれは数値になっていません。数値になっていないものを見に行く時間を、機械につくってもらう。そういう順番でいたいと思っています。

それでは、また。

No.7224

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引き渡しの日は、始まりの日

夏休みも残りわずかという時期になりました。今週は、宿題の話をしているご家族の会話をあちこちで耳にしそうです。

菊池です。

先月、あるお客様のお宅の引き渡しに立ち会いました。鍵をお渡しして、設備の説明をして、書類にご記入いただく。玄関先で写真を撮って、お見送りする。何度経験しても、この日は独特の空気があります。うれしいのですが、少しさびしくもある。

ただ、わたしたちはこの日を「終わり」と呼ばないようにしています。理由は単純で、建物にとってはここからのほうが圧倒的に長いからです。工事期間は半年ほど。その後、その家は五十年、六十年と使われていきます。手をかけた期間の何十倍もの時間が、引き渡しのあとに残っている。

それなのに、家を建てたあと、どこに相談したらいいかわからないという方は本当に多いです。建てた会社と連絡が取れなくなった、という話も珍しくありません。網戸が破れた、棚を付けたい、水の出が悪い。工事と呼ぶには小さすぎて、かといって放っておくと気になり続ける。そういう困りごとの行き場が、意外とないんです。

わたしたちが「応援団」という仕組みをつくったのは、そこに理由があります。お客様を囲い込みたいからではありません。建てたあとに相談できる相手がいる状態を、こちらから用意しておきたかった。名前を応援団としたのは、支えていただく側でもあるという意識からです。おかげさまで、建てた家のことを一緒に考えてくださる方が、少しずつ増えています。

そして正直に言えば、これは会社にとっても必要なことです。建てて終わりにしてしまうと、自分たちの仕事が十年後にどうなっているかを知る機会がなくなります。あのとき選んだ材料が、どう変わったのか。あの納まりが正解だったのか。それを教えてくださるのは、住んでいる方だけです。

引き渡しの日にお渡ししているのは、鍵と、これから何十年かのお付き合いの約束です。少なくとも、そのつもりでお渡ししています。

それでは、また。

No.7223

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敷地に立って、見ているもの

今日は暦のうえでは処暑にあたるそうです。暑さが少しずつおさまっていく頃、という意味だと聞きました。実際にはまだしばらく続きそうですが、日の入りは確実に早くなってきました。

菊池です。

この季節になると、土地探しのご相談が増えます。秋から動いて、来年の春に着工したいという方が多いためです。それで、お客様と一緒に候補地を見に行く機会が続いています。

土地を見に行くとき、わたしが何を見ているか、少しだけ書いてみます。

まず、前面道路です。幅と、そこがどちらを向いているか。道路の向きは、日当たりだけでなく、駐車のしやすさや玄関の置き場所まで決めてしまいます。次に隣の家の窓の位置。ここを確認しておかないと、リビングの大きな窓が、お隣の浴室と向き合う設計になりかねません。

それから高低差です。道路より敷地が高い、あるいは低いというのは、そのまま工事費に効いてきます。擁壁がある場合は、その状態も見ます。あわせて、雨のときに水がどちらへ流れるかも想像します。まわりより低い土地は、地図の上では判断できません。

電柱と引込みの位置も確認します。地味ですが、あとから「ここに電線が来るとは思わなかった」となることがあるので。

そして、これがいちばんおすすめなのですが、同じ土地に二回行ってみてください。朝と、夕方です。時間帯が変わると、日の入り方も、人や車の通り方も、聞こえてくる音もまったく違います。一回だけの印象で決めてしまうのは、少しもったいない。

最後に、これは設計の話になりますが、土地は単体では評価しきれないと思っています。少し狭くても、少し変形していても、そこに入る間取りが良ければいい土地です。逆もあります。ですから候補が絞れてきたら、契約の前にご一報ください。図面を一枚描いてみるだけで、判断材料はずいぶん増えます。

秋の空気になったら、また現地を歩きましょう。

それでは、また。

No.7222

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建てないで、使い方を変える

住宅以外の建物を扱う部門にいると、ここ数年で明らかに増えたご相談があります。「この建物、別の使い方にできませんか」というものです。

菊池です。

例えば、使わなくなった倉庫を店舗にしたい。事務所だったところを、子ども向けの教室にしたい。作業場の一部を、地域の人が集まれる場所にしたい。新しく建てるのではなく、いま建っているものの役割を変える。土地の値段や工事費が上がっているいま、これは現実的な選択肢だと思っています。

ただ、内装を変えれば済む、という話ではありません。建物の使い方を変えると、法律上の扱いそのものが変わります。人が多く集まる用途になると、避難のための出口や通路、内装に使える材料、非常用の照明といった要件が、住宅や倉庫のときとは別物になります。床面積が一定の規模を超える場合には、用途を変えるだけでも確認申請が必要になります。

ここで最初の関門になるのが、既存の書類です。検査済証が見つからない建物が、思いのほか多い。書類がないと、いまの建物が当時の法律にきちんと適合していたことを説明できません。その場合は調査から入ることになり、時間も費用もかかります。逆に言えば、書類が揃っている建物は、それだけで話が早く進みます。

ですから、この種のご相談をいただいたとき、わたしたちが最初にお願いするのは、図面と確認済証、検査済証を探していただくことです。倉庫の奥の段ボールから出てきた、ということも実際にありました。

こうした仕事は、正直、派手ではありません。完成しても、新築のような見栄えの変化があるとは限らない。それでも、誰も使わなくなった建物に人が出入りするようになるのを見ると、これは残す仕事だったな、と思います。

お手元の建物で気になっているものがあれば、構想の段階でお声がけください。できるかどうかを先に見極めるのが、いちばんお金のかからない進め方です。

それでは、また。

No.7221

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買う前に、一度見せてください

SOLE LIVINGでリノベーションのご相談をお受けしていると、年に何度か、少し申し訳ない気持ちになる場面があります。

菊池です。

「先月、中古の家を買いました。これをリノベーションしたいんです」とお越しいただいて、拝見しに行くと、想定していなかった費用がいくつも出てくる。ご予算の大部分がそちらに消えてしまい、やりたかった内装や間取りに手が回らない。こういうことが、実際に起きます。

ですので、いちばんお伝えしたいのはこれです。契約する前に、一度だけ見せてください。それだけで結果がかなり変わります。

見に行ったときに何を見ているかというと、まず建物の外まわりです。基礎に幅の大きなひび割れがないか、床が傾いていないか。次に、雨漏りの跡です。押し入れの天井や小屋裏を覗くと、過去の履歴はだいたい残っています。それから給排水の配管。築年数によっては、壁や床を開けたときに交換が前提になります。

意外と見落とされやすいのが、増築されている部分です。あとから足した箇所は取り合いが弱いことが多く、そこから傷んでいる例をよく見ます。あわせて、確認申請の書類が残っているか、道路への接し方はどうか、といった書類上の話も確認します。ここが引っかかると、そもそもできる工事の範囲が変わってしまいます。

こうした話をすると不安になるかもしれませんが、逆でもあるんです。事前にわかっていれば、その分を織り込んで買うかどうかを判断できます。値段の交渉材料になることもあります。何より、限られた予算をどこに置くかを最初に決められる。

わたしたちがおすすめしているのは、見えなくなる部分から先に予算を取る、という順番です。断熱と耐震と配管。ここは仕上げてしまうと中々容易には触れません。逆にキッチンや床材は、五年後でも十年後でも入れ替えられます。

物件を探している最中の方も、気になる家が出てきた段階でご相談いただいてかまいません。内見に一緒に伺うこともできます。

それでは、また。

No.7220

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主治医、という言い方

先日、若いスタッフに会社案内の内容を説明していて、自分でも改めて考え込んだ言葉がありました。

菊池です。

わたしたちは会社の紹介の中で、自分たちのことを「建物の主治医」と書いています。そして「命の視点から建物を見る」という言い方をしています。建設会社の説明としては、少し変わっていると思われるかもしれません。

創業は昭和三十五年です。相模原、町田、八王子を中心に、六十年以上この仕事を続けてきました。その間に建て方も材料も大きく変わりましたが、途中で強く意識するようになったのが、建物が人の体に及ぼす影響でした。シックハウスという言葉が世に出て、建物のせいで具合が悪くなることがあると知られるようになった時期です。

正直に言えば、建設業界全体がその視点に慣れているとは、いまも思っていません。図面の納まりや工期や金額の話はいくらでも上手になるのに、そこで毎日呼吸する人のことは、後回しになりやすい。自戒を込めて書いています。

「主治医」という言い方を選んだのは、たぶんそこに理由があります。専門医は難しい症例を治しますが、主治医の役割は少し違います。普段のその人を知っていること。前はどうだったかを覚えていること。そして、まだ症状が出ていない段階で「ちょっと様子を見ましょうか」と言えること。建物に対して、わたしたちがやりたいのはそちらのほうなんです。

だから引き渡しのときに、ここで区切りです、という気持ちにはなりません。むしろ、カルテの一ページ目が書き終わったところだと思っています。十年後に「あのときこうしましたよね」と話せる相手でいたい。そのためには、建てるときの判断も、十年後に説明できるものでなければいけない。

会社としては「サービスを超えた感動を提供する」という言い方もしています。壮大に聞こえますが、現場でこれを翻訳すると、案外地味な話になります。言われる前に気づく。覚えている。それだけのことを、何十年も続けられるかどうか。

まだできていないことのほうが多いです。だからこそ、書いて残しておこうと思いました。

それでは、また。

No.7219

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雨が降る前に、上を見る

朝晩に少しだけ風が変わってきましたが、これから本番を迎えるもの台風です。

菊池です。

毎年この時期になると、九月の大きな雨のあとに「天井にシミが出た」というご連絡をいただく場合があります。そして現地に伺うと、原因が台風そのものではないことが少なくありません。もともと詰まりかけていた、外れかけていた、切れていた。そこに強い雨と風が来て、限界を超えた。順番としては、そういうことが多いんです。

そこで、雨が降る前に一度だけ上を見ていただきたいと思っています。難しい点検の話ではありません。地上から見上げてわかることが、意外とあります。

まずは雨樋です。夏のあいだに落ち葉や砂が溜まって、水が流れきらなくなっている家は本当に多い。雨の日に樋の途中から水が滝のようにこぼれていたら、そこが詰まっています。次にバルコニーの排水口。ここは目線の高さで確認できますから、落ち葉やほこりを取り除くだけで、かなり違います。

それから外壁の目地です。指で押してみて、ゴムが硬くなっていたり、細く切れていたりしたら、そろそろ手を入れる時期です。屋根については、棟の板金を留めているビスが浮いて、金物が少し波打って見えることがあります。双眼鏡やスマートフォンのカメラで拡大して見る程度にしてください。ご自身で屋根に上がるのだけは、本当にやめていただきたいです。毎年、その事故の話を聞きます。

そしてもうひとつお願いしたいのが、記録を残すことです。日付を入れて写真を撮っておく。それだけで、次に何かあったときに「前からこうだったのか」「この一年で進んだのか」が判断できます。わたしたちが建物100年サポートで点検の記録を蓄積しているのも、理由は同じです。一回の点検は、その日の状態しかわかりません。二回目からが診断になります。

見上げてみて気になるところがあれば、遠慮なくご連絡ください。降ってからだと、どうしても応急処置が先になってしまいますので。

それでは、また。

No.7218

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壁が、熱を持っていない

お盆が明けて、現場もようやく普段どおりに動きはじめました。

菊池です。

先週の終わりに、外壁の仕上げが終わった現場へ行ってきました。その日の日中は三十四度。駐車場に停めた車のボンネットは、触れたら思わず手を引っ込めるくらいの熱さでした。ところが建物の南面に回って外壁に手を当てると、ほんのり温かい程度なんです。壁が熱を溜め込んでいない。何度立ち会っても、ここは少し不思議な感じがします。

わたしたちの家は「クワトロ断熱」という考え方で外まわりをつくっています。四つ、というのは材料の数ではなく、持たせている性能の数です。遮熱、断熱、調湿、透湿。この四つを、外側から順に重ねた材料に分担させています。

いちばん外側は中空セラミックを混ぜ込んだ塗り壁で、太陽の光を七割以上跳ね返します。熱を防ぐというより、そもそも受け取らない。その内側に外断熱のボードがあり、さらに内側にセルローズファイバー、いちばん室内側に漆喰や無垢材の壁が来ます。手のひらに熱が伝わってこなかったのは、外側で光を返しているからです。

夏の家づくりの話になると、断熱材の厚さの話に行きがちです。もちろん厚さも効きますが、真夏に効くのは、その前段で日射をどれだけ受け取らずに済ませるかのほうだと感じています。屋根と壁が焼けてしまったら、内側で何をしても後追いになります。

もうひとつが湿度です。同じ二十八度でも、湿気が抜けている部屋と、こもっている部屋では体感がまるで違います。セルローズファイバーと漆喰は、湿気の多いときに吸って、乾いたら吐き出す。だから設定温度をむやみに下げなくても、それなりに過ごせてしまう。

完成見学会でお客様が玄関に入って「あ、涼しい」とおっしゃることがありますが、あれは温度計の数字の話ではないと思っています。壁が熱くない、空気が重くない。そのふたつが揃ったときの感じ方なんだろうと。

残暑はまだ続きます。もしこの時期に見学の機会があれば、ぜひ壁に手を当ててみてください。

それでは、また。

No.7217

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盆明けの、朝いちばん

盆休みが明けました。今朝は、いつもより少し早く現場に入った方も多いと思います。

菊池です。

休み明けの現場でまずやることは、掃除です。段取りの確認より先に、掃き掃除から始まります。

弊社には昔から「現場のショールーム化」というスローガンがあります。誰がいつ来ても、感動と安心を持って帰ってもらえる現場にしよう、という考え方です。基本施策のひとつとして、いまも掲げています。

きれいな現場にしましょう、と言うと、体裁の話に聞こえるかもしれません。実際には、少し違います。

整理されていない現場は、危ない。資材が通路にはみ出していれば、そこでつまずきます。工具が散っていれば、探す時間が積み重なります。そして、汚れた現場では、細かい仕事が雑になっていきます。順番としては、まず安全があって、次に品質があって、その結果として見た目がついてくる。だから掃除を最初にします。

もうひとつ、現場は施工業者にとっての職場でもあります。安全で、作業しやすい。その視点を忘れた現場は、結局いい仕事になりません。

この考え方を、いまは職場すべてに広げようとしています。事務所も、車の中も、机の上も同じだろう、と。これはこれで、耳の痛い話ではあります。

近隣の方への影響も、そこに含まれます。工事をしている以上、音も出ますし、車も出入りします。それでも、朝の掃き掃除を道路まで広げておくかどうかで、受け取られ方はずいぶん変わります。工期の間だけの関係ではなく、そのあともわたしたちはこの地域で仕事を続けます。

家づくりをご検討中の方には、ぜひ工事中の現場を見ていただきたいと思っています。完成した家は、どこの会社でもきれいです。差が出るのは、途中です。足場の中がどうなっているか、養生がどこまでされているか、職人が挨拶をするかどうか。そのあたりに、その会社の仕事の姿勢が出ます。

見学のご希望があれば、お声がけください。抜き打ちで来ていただいても構いません。むしろ、そのほうがありがたい。

さて、今週も暑くなりそうです。現場のみなさん、水分と休憩を。

それでは、また。

No.7216

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残すものを、先に決める

築五十年の家をリノベーションしたことがあります。座間市の、二世帯のお住まいでした。

菊池です。

こういう仕事で最初に決めるのは、どこを新しくするかではありません。何を残すか、のほうです。

順番が逆に思われるかもしれません。ただ、残すものが決まっていないまま解体に入ると、たいてい全部なくなります。現場では、剥がすほうが早くて確実だからです。あとから「あの建具、取っておけばよかった」となっても、もう戻せません。

では何を残すか。多いのは、太い柱や梁です。いまの材料では手に入らない寸法のものが入っていることがあります。それから、古い建具。欄間やガラス戸には、当時のガラスが残っていたりします。あとは、子どもの背丈を刻んだ柱の傷。こればかりは、金額の話ではありません。

反対に、変えるべきものははっきりしています。耐震と断熱、それから水まわりです。

昭和五十六年より前に着工した建物は、いまとは違う耐震基準でつくられています。柱や梁を活かすと決めたなら、そのぶん構造の補強はきちんと行う。断熱も同じで、外まわりの性能を上げないと、いくら内装をきれいにしても、夏に暑くて冬に寒い家のままです。

ここで難しいのは、残したいものと、残せるものが一致するとは限らないことです。柱を残したいと思っても、その位置に壁が要る、あるいは腐りが入っている、ということが起こります。その場合は、無理に残さず、別のかたちで使う方法を探します。梁を化粧材として見せる、建具を別の場所に建て込む、板を家具の天板に加工する。原型のままでなくても、その家にあったものが残れば意味はあると考えています。

残すことは、必ずしも安く済む方法ではありません。既存を活かしながら手を入れるほうが、手間も判断も増えます。それでも選ぶ理由があるとすれば、新築では絶対に手に入らないものがそこにあるから、ということに尽きます。時間の積もった木の色は、新品では出せません。

解体前に、ご家族と一緒に家の中を歩く時間をいただくようにしています。ここは残したい、ここは思い入れがない。そう伺いながら、印をつけていく。

新しくすることと、なかったことにすることは、違います。

それでは、また。

No.7215

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