感想文

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本日は、読書感想文。
社員は毎月1冊の本を読んでおりまして、12月の課題図書が、写真の本。
「国家の品格」でした。

この本の中で度々槍玉に挙げられるジョン・ロックという人は、教会によってガチガチに固められていた西欧世界の価値観から、同時代人の思考を自由にした人な訳ですが、このようなドラスティックな転機をもたらした人でも、今から振り返ってみれば、現代の弊害の一因となってしまうようです。

著者の問題意識は現代日本の、行き過ぎた経済優先のロジックと、自分の文化を捨てたアメリカ追従の姿勢にあるようで、これらがジョン・ロック以降の理性=論理偏重によってもたらされた、というのも、確かにそういうものかも知れません。
何しろ、富が寡占されていた絶対的な権力構造を「人間が皆、生まれながらに持っている先天的な価値観」としてインプリントされている社会において、「人間は実は、生まれたときはみんな白紙状態である」と、開放した訳ですので、「宗教でなく論理に頼れば、誰でも富を求められる」と人々ががっついた、という歴史的な潮流は間違い無くあったでしょう。

この潮流の延長に対して、この本の主題は、日本人はアニミズム的な自然への畏敬とか、儒教的な礼節とかいう、いわゆる論理とは縁遠くても、ある種絶対的である価値観を取り戻して、これを伝承していくべきだ、ということなんだと思います。
何のために、と言えば「日本の、人類への世界史的貢献」という、結局少々曖昧なもののために、となってしまうようですが。

 

で、私のスタンスはと言えば、最近(ここ一年)は筆者の感覚に近づいている気がします。
敢えて単純化して「理想」と「利益」を天秤に掛ければ「理想」を採り、「想い」と「効率」を量れば「想い」を採りそうな、というところです。

この、「理想」とか「想い」とかいうものにもう少し重きを置いて見つめなおした上でないと、その後必要になってくる論理や技術や知識で武装しても、「何か上手く行ってないんだよなぁ」という閉塞感を打ち破れないように感じるのです。
最近流行の「見える化」、「数値化」は当然考えるべきとは思いますが、上記のような「見えないけど大事なもの」まで、すべて数字的に表現しようというのは、筆者に言わせれば論理のドツボに嵌っている状況のように思えます。

歴史や時代や思潮というのは、どうしても振り子のようにあっちへ行き過ぎたりこっちへ来過ぎたり、という往復を繰り返すのだと思いますが、少なくとも今は、「利益」+「効率」サイドに偏り過ぎかな、と。

こうした反論的な価値観を、もう少しあちこちに広めて行きたいと考えています。

 

営業マンH

 

 

 

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